2009年10月04日

ある茶会員の日常

ごきげんよう、しまだです。
わけの分からない絵ばかり描いているのも何なので、もうちょっと学術サーク
ルっぽい記事も上げようか、ということで読書案内めいたものを。


僕は現在、東浩紀さんの『存在論的、郵便論的』を読んでいる最中です。
この本は東さんの代表的著作である『動物化するポストモダン』とかと同じ感じ
で手にすると痛い目を見るかもしれません。
難しい本です。
(少なくとも僕にとっては。)

最終章である第4章の1までは、なんとかついていくことができたのですが、2
が・・・
ハイデガーの話なんですよね。
僕は実存哲学というのが本当に苦手で、ちんぷんかんぷんなのです。
学部のときにキルケゴールについての演習も取ったんですが、途中で脱落してま
す(汗)
実存主義哲学にはどうしても敷居を感じてしまう。
困ったことに、何を言われているのかさっぱり分からないのです。
つまり僕は個人的に実存哲学をやっている人たちと問題意思が共有できていない。
(ちなみに哲学全般についてですが個人的には、哲学が「分からない」とは問題
意識、前提が共有できていないからだ、と思っています。理屈で何を言っている
のか理解するのとは別の次元で、です)
ハイデガーはキルケゴール以上に「嫌な予感(つまり理解できない予感)」がし
たのでずっとスルーしていたわけですが・・・

おかげさまで『存在論的、郵便論的』の4章の2がほとんど理解できてません(汗)
ここからがこの本のクライマックスだというのに・・・

現状は、ハイデガーの入門書を引っ張り出して、彼がいったいどういう問題意識
の元に哲学をやっていたのか、なんとかその問題意識を共有するところから始め
よう、という感じです。
しかし、英米系の哲学バンザイ!(理解は浅いですが)な僕とは絶対に相性が悪
そうな気がするんだよなぁ・・・
正直不安です。

しかし難しいとは言いましたが、「東浩紀の秘密」を探るためにはこの本は読ん
でおかなくてはいけないと僕は直感しています。
それは3章までの文章と後書きからかなりはっきりと分かります。
この本はデリダ論として書かれていますが、同時に「東浩紀による東浩紀本」で
もあります。
ゆえに、なぜ東氏がネットスターなどに露出したり、コミケで同人誌を売るよう
になったのか、そうしたある種の「謎」の答えがこの本には潜んでいます。
まだ3章までしか読了していませんが、その答えは僕のような察しの悪い人間に
もかなりはっきりと伝わってきます。
簡単に言うとジャック・デリダと東浩紀がダブって見える感じなんです。
これは深読みかもしれないですし、邪推の類だとも言えるのですが・・・

とにもかくにも腕に覚えのある方はお読みになるよいのではないでしょうか。
ひょっとしたら2010年代の東氏の活動がこの本の内容から予測できるかもし
れません。

それでは。

(しまだ)
posted by grigori at 19:29| 読書案内